CREATIVE MUSEUM TOKYO(CMT)の開業1周年を記念して、10月30日に「北斎ナイト」を開催しました。(イベント詳細はこちら)
「HOKUSAI-ぜんぶ、北斎のしわざでした。展」(2025年9月13日〈土〉→11月30日〈日〉)の会場内で、「北斎漫画」コレクターで浦上蒼穹堂代表である浦上満さんと、京都精華大学国際マンガ研究センター特任教授の伊藤遊さんによるギャラリートークを行いました。その一部をレポートします。
浦上満/浦上蒼穹堂代表
学生時代より「北斎漫画」の魅力にとりつかれ、以来50年以上にわたり1700冊を越す「北斎漫画」を蒐集し、専門家のあいだでは現在、質・量ともに世界一のコレクションといわれる。1987年以来、全国の公立美術館などを中心に約50会場以上で「北斎漫画」展を催し、様々なメディアにも取り上げられてきた。2005年にはそのコレクションの中から初摺、かつコンディションの良いものを選りすぐり、全15編、900ページを原寸カラーで再現した「初摺北斎漫画 全」が小学館より刊行。さらに2010年〜2011年には青幻舎より「北斎漫画」1、2、3巻が出版され大増刷されている(現在28刷)。2016年、「北斎漫画」の真価を伝え啓蒙に尽力した功績で第10回国際浮世絵学会賞を受賞。著書として2017年「北斎漫画入門」(文春新書)が出版された。
伊藤遊/京都精華大学国際マンガ研究センター特任教授
1974年、愛知県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は民俗学・マンガ研究。
民俗学におけるテーマは、「路上観察」の元祖「考現学(こうげんがく)」の方法論研究。
マンガ研究のテーマとしては、マンガ作品そのものというよりも、マンガがどのような人々にどのように読まれているかという「マンガ環境」に関心があり、近年は、国内外のマンガ関連文化施設やマンガ展の調査を行っている。
また、日本で独自の発展を遂げている「学習マンガ」の研究も進めている。
2016年以降世界各国を巡回中の「マンガ・北斎・漫画 現代マンガから見た『北斎漫画』」展のキュレーターも務めた。
展示会場内で開催したギャラリートークには、約100人が来場した。
「保存状態がいいものを見てこそ、北斎が何を伝えたかったのかがわかる」
伊藤 日本にいると、北斎の名前を知らない人や「冨嶽三十六景」「北斎漫画」を見たことがない人は少ないくらいだと思いますが、これだけきちんとジャンル分けされて、年代記的に展示されているのはとても面白かったですね。特にすごいと感じたのは、同じ作品でも複数の本が展示されていたこと。浦上さんが「北斎漫画」をとても多くお持ちだからできる展示だと思いますが、いろんな摺りのものがあることが紹介されていました。異なる摺りの本を並べて見たのは初めてだったので、こんなに摺り具合が違うんだと驚きました。たくさん摺られたことで、印刷の線がこんなにゆるくなってしまうんだと実感しましたし、それだけ「北斎漫画」がこの時代のベストセラー、ロングセラーだったことがわかり、面白かったです。
浦上 基本的には木版画ですから、初摺(しょずり)や早い時期の摺りはやはりエッジが立っていて線がくっきりしているんです。当時の浮世絵版画は売れてなんぼの商業アートなので、売れるだけいくらでも摺るんですよ。その証拠に、今回展示している『佛御前、嵯峨野に妓王祇女を吊う』では切れ長で涼やかな目の美しい女性が描かれていますが、とても細い線ですから、摺りが早い本でも女性の目が消えてしまっているんです。展示で比較している3段階目の本なんて、完全にのっぺらぼうのような状態になっています。それでも、当時よく売れていたんですよね。
葛飾北斎 『佛御前、嵯峨野に妓王 祇女を吊う』 浦上蒼穹堂蔵
(1枚目)目がはっきり摺られているもの/
(2枚目)摺りを繰り返し、目が消えてしまっているもの
浦上 他の作品も、できるだけ摺りが早くて、保存状態がいいものばかりを並べていますが、「この状態が普通なのか」と思われてはいけないんです。異なる摺りの比較があることで、よっぽどいいものを集めているということを知っていただきたい。なぜそれを集めることが大事なのかというと、摺りが早くて、保存状態がいいものを見てこそ、北斎が何を表現したかったのか、何を伝えたかったのかがわかるんです。
伊藤 摺りによる違いはなんとなく知ってはいましたが、こうして現物を見比べられたのが面白かったですね。浦上コレクションでないとできない展示だと思いました。
浦上 版画だからどれも同じ図なのに、どうしてそんなにたくさん集めるの、と言われたこともあります。少し語弊があるかもしれませんが、1700冊ほど「北斎漫画」を持っていても、私に言わせるとみんな違うんです。筆圧も違いますし、もちろん摺られた時期によっても違います。だから、集めていくと本当に面白い。もっといい摺りのもの、もっといい状態のものがないかと集め続けていたらこうなった、というところもあります。
葛飾北斎 『北斎漫画』八編 浦上蒼穹堂蔵
伊藤 北斎がアーティストであり絵描きであるのはもちろんですが、その作品を見ている人々は1点物の北斎の肉筆を見ているのではなく、摺られたものを見ているという意味では、ポピュラーアートだと言えますよね。まさに、漫画もそうだと思いますが。 最近は漫画の原画展などで肉筆原稿を見る機会がありますが、その原稿がどういう印刷過程を経て、本になって、流通して、書店で売られて、僕たちが手に入れるところまで来るのかという部分は意外と知られていないし、漫画展でも説明されていない。そういうものを、摺り物として僕らは手にして見ているということを意識できた展示でもありました。最後に肉筆も展示されているので、印刷との違いを見られたのも構成として面白かったですね。
葛飾北斎 『日新除魔図』 浦上蒼穹堂蔵
北斎最晩年の肉筆画が初公開された。
浦上 こういった機会に本物を見るのがやはり大事だと思います。版画だから全部一緒だろうと思ってしまうのは大間違いで、版画といっても本物と、本に載っているものは全く違いますから。それを、皆さんもしっかり感じることができたのではないかと思います。
「北斎漫画」と現代漫画のつながり
――「北斎漫画」が現代漫画に与えた影響についてはどう思われますか?
浦上 「北斎漫画」は、浮世絵研究者の中には現代の漫画とは全く違うものだという人がいますが、私はそんなに固く考えなくていいのではないかと思っています。見てわかるように、固い絵もあれば、柔らかい絵もあって、現代の漫画的な要素もある。元々は「絵手本(えでほん)」といって、北斎の弟子に描き与えた教科書的な意味合いがあったのですが、全国に数百人いた弟子1人1人に教えるわけにもいかないので、出版して一般にも売り出したことで爆発的に売れたんです。「北斎漫画」が江戸時代の大ベストセラー、大ロングセラーになったことが、今の“漫画”のルーツになったのではないかと私は思っていますが、どうでしょうか?
伊藤 そうですね。現代では、手塚治虫作品や『鬼滅の刃』などのようなコマ割りでストーリーを語る形式のストーリー漫画と、最近は見ることが減りましたが、新聞の風刺1コマのような、風刺的な目的で描かれたイラストレーションを合わせて“漫画”と呼んでいます。もちろん、厳密に言うと少し違うのですが。こうした風刺絵を“漫画”と言い始めたのは今泉一瓢という人で、その後輩の北澤楽天という人が、漫画家を一つの職業としたことで、言葉として広がりました。
浦上 それはいつ頃の話ですか?
伊藤 明治です。当時はいろんなジャーナリズムが立ち上がった時期で、福沢諭吉が『時事新報』という新聞を作りました。福沢は、馴染みがある面白い絵のビジュアルイラストレーションを取り入れようと考え、今泉一瓢や北沢楽天の絵を掲載したことで『時事新報』は乱立する新聞の中で1つ頭抜けることができました。一瓢が漫画と名付ける際にいろんな言葉の候補が出たと思いますが、イメージの中に「北斎漫画」もあったと思いますね。 描法に焦点を当てると、北斎は、雷や水の形や動きを“面”で描くのではなく“線”だけで表現していますが、その描き方が現代の漫画表現に継承されているのは明らかだと思います。また、別のある展覧会で現代木版作家の作品と漫画家の生原稿を並べる展示を見たのですが、木版画の白黒表現と、漫画の白と黒のデザイン的なバランスの追求には重なるところがあるんだなと感じました。北斎は白と黒のデザイン感覚がすごく優れていたと思いますが、今の漫画家も1ページの中の白黒バランスを考えながら描いているんです。そういうところも通ずるものがありますよね。
葛飾北斎 『椿説弓張月』続編 巻之三 浦上蒼穹堂蔵
江戸から現代まで受け継がれる、漫画を描く楽しさ
伊藤 「絵手本」があれだけ売れたということ自体、庶民の中に、上手な絵を真似して描くことで絵を上達させたい、と思っていた層がいたことを証明していて面白いですよね。僕は京都国際マンガミュージアムに勤めているのですが、同館のワークショップコーナーを見ていると日本の子どもたちは漫画っぽいキャラクターや、なんならコマ割りをした漫画をすらすら描き始めるんですよ。それを見た海外のお客さんたちがとても驚くんです。「日本では小中学校で漫画の描き方を教えているの?」と思うようで。やっぱり、日本には漫画や絵を描くということに自然と気が向くような“罠”がたくさんあるんですよね(笑)。例えば、少女漫画雑誌の『ちゃお』『なかよし』『りぼん』などでは、漫画を描くための道具セットが付録になることがあります。そうすると、その付録がついた号はとても売れるんです。
『なかよし』『ちゃお』本誌とふろく
写真提供:伊藤遊
伊藤 こういったものは伝統的にずっとあって、手塚治虫や、やなせたかし、石ノ森章太郎なども漫画の描き方本を書いていました。また、戦前の小野寺秋風という漫画家・画家の漫画の描き方本なんかは「ほぼ北斎漫画じゃん!」と思ってしまうくらいのものなんですよね。「北斎漫画」の頃からあった、漫画やイラストの描き方本を一般層に向けて出版するという流れが、現代の小学生が読むような少女漫画雑誌まで続いているんです。画家志望の人が読むものではなく、漫画を読むのと同じ手軽さで描き方を学んで、読むだけではなく描くのも楽しむのが普通の世界ができている。江戸時代からそうだったんだと気付いたときは、衝撃でした。
小野寺秋風『やさしい繪の描き方 略畫の繪手本』大京堂書店、1943年
写真提供:京都国際マンガミュージアム
浦上 それって、DNAなのでしょうか? それとも教育なのでしょうか?
伊藤 どうなんでしょう。そういった本だけではなく、例えば現代では同人誌を作って売るシステムがありますが、アマチュアや素人といった“プロになるわけではない人々”が生活の中で絵や漫画を描くことを楽しんでいるのは日本的な状況だと思います。そうさせる仕掛けが社会にずっと埋め込まれているのが面白いですよね。裾野が広ければ山が高いと言いますが、まさにその裾野を作っているのが現代の漫画の描き方本だと思いますし、その大大大先輩が北斎漫画なのかなと。北斎は“変人の天才”というような作家性を想像されることが多いと思いますが、僕の中では偉大なマスター、ティーチャーというイメージがありますね。
浦上 私も映画や演劇でいろんな北斎を見てきましたが、あんまりすごい人なので捉えどころがないと思われるからなのか、変人、奇人に描かれることが多いですよね。私は北斎の絵を見ていて、とてもユーモアがあって優しい眼差しがある人だと思うんですよ。江戸の人々の暮らしを描いた絵を見るととても愛情が込められていて、ウィットに富んだ人なのがわかるんです。北斎はエキセントリックに描かれることが多いですが、絵を見ると彼の優しい眼差しやユーモアな精神が伝わってくると感じています。
